働く母の「3大・生存戦略」を検証する を読んで 〜腑に落ちるものの自分は違う戦略なのかもと思った

前回の記事に引き続き遅くなりましたが、東洋経済オンラインに掲載された中野円佳さんの記事を拝読しました。
今回の記事を読んで思う所をつらつらと書いておきます。

働く母の「3大・生存戦略」を検証する | 育休世代 VS. 日本のカイシャ | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

おおむね腑に落ちた

「ケア責任」とい言葉は始めて知りました。
育児だったり介護だったりをやるべき必要があることケア責任というようです。
我が家だと妻も私も育児をやっているので二人にケア責任があるということですかね。

結構納得と思うのはいまだ意識決定層にはケア責任がある人は少ないもしくはいないという点。
これは自分としても実感している事で。
もしかしたらそういう姿を見せていないだけなのかもしれないけど。
ただ、文中に提示されている表だと男性のケア責任があるかどうかがわからないのがちょっとイマイチ。

あと以下の文は納得する反面、うーんという気持ちが。

今、いちばん割を食っているのは、育児をしている男性かもしれません。ケアを担う男性への評価の“引き下げ幅”と影響が、女性が同じことをした場合よりも大きいからこそ、夫婦間で妻が「降りる」ことのほうが合理的になってしまう構造

そうっちゃそうなんですけど、「降りない」って選択しもあるのかなと。
前回の時にも書いたのですが、上にあがることが目標であるなら、多分ケア責任をとることが戦略としては間違いなんでしょうね、今の構造だと。
だからこそ意思決定層に少ないというのも合点がいきますし。
そうではなくて色なんなモノを分散して自分の目指すところは何か?に合わせてやっていくと違う結果があるのかもしれないと思っています。

先入観がある読み方なのか?

自分が外資系の企業にいるからなのか?それとも最初から「この人の言うことは間違ってないか?」と思って見てるからなのか、今回も読んでいてやっぱり違うなと思う点が残るんですよね。

それは視点が女性中心であることからなのかもしれません。
肩書きも「女性活用ジャーナリスト」ですし。

女性をもっと活躍させていこうと考えるかならばこれで良いのかもしれませんが。

育児をしながら以下にして自分のキャリアを育てていくのか?という観点でみるならケア責任の分散や様々な所での分散・協力を得るやり方とかそういった事を書いて行った方が周りも「なるほど」とか「これなら自分でもできるかも」って観点がでてくると思うんですけどね。
この観点はもしかしたらカイシャにぶら下がるだけということで選択肢から除外されているのかもしれませんね。

もっと周りに頼ってやっていくって戦略をとってみると良いことがイッパイでてくると思うんですよね。
私もまだまだできてなくて大分孤立していますが・・・

自分としてはこの育児休暇をとったことが少し流れを変えているかもしません。
自分は「上にあがりたく」ないんですよね、多分。
上にいかなければ給料が確かにあがらないかもしれない、そうすると家族を養っていけないかもしれない。
確かにそういう不安や考えは正しいと思います。

でもその責任がふえることで家族との時間が減るのなら、その選択肢は選ばないですし。
ケア責任を持っている人はこういうブレーキが効いていたりするんですかね。

個人的には収入を増やすのであれば別の収入先を模索して収入の分散をして収入をたたれるリスクを分散したいです。

自分が何を磨いていきたいかを考えてやることがどのカイシャにいても大事なことであると思います。
多分「間違ってないかな?」と感じているのは「上に上がることこそがモチベーションであり仕事の目標なんだと」読み取ってしまうようなストーリーだと受け取っているからかもしれません。

ということで思ったことをつらつらと書いてみました。